最高裁判所第一小法廷 昭和53年(オ)1272号 判決 1979年3月08日
上告人
株式会社 葉山グリンタウン
右代表者清算人
夏栗喜重
右訴訟代理人
青柳健三
被上告人
逗子信用組合
右代表者
菊池敏夫
右補助参加人
荒井惟俊
右訴訟代理人
長島吉之助
福田稔
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人青柳健三の上告理由第一点について
原審の適法に確定したところによると、上告会社においては、代表取締役として夏栗喜重と補助参加人荒井惟俊の二名がおり、かつ、共同代表の定めがあつたが、上告会社と被上告人間の当座勘定取引契約が締結された際、上記代表取締役二名及び他の上告会社役員らの間で、上告会社が被上告人に預け入れた当座預金を払い出すための小切手の振出しについては、共同代表者夏栗が同荒井に一切その権限を委任し、右委任に基づき荒井が単独で上告会社の代表者として右小切手を振り出すことを合意し、被上告人もこれを了承し、本件小切手は、いずれも、荒井が夏栗からの右委任に基づき前記当座預金払出しのために上告会社を代表して振り出したものである、というのである。右の事実関係のもとにおいて、代表取締役夏栗の同荒井に対する右委任及びこれに基づいて荒井が単独でした本件小切手振出しに関する代表行為は、商法二六一条の共同代表の定めに違反する無効なものということはできない。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、所論引用の判例は、本件に適切でない。論旨は、採用することができない。
同第二点及び第三点について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、いずれも採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(中村治朗 団藤重光 藤崎萬里 本山亨 戸田弘)
上告代理人青柳健三の上告理由
上告理由第一点 原判決は法令に違背し、判例違反の違法がある。
第一、共同代表権限の包括委任について
一、抑々法が共同代表取締役の制度を設けたのは
共同代表制度の目的である共同代表取締役間の相互牽制による代表権行使の適正化を計らんが為である。(東京高判昭三九、三、三〇下民集一五巻三号六五二頁)
二、従つて共同代表取締役が勝手に
単独で会社を代表することをえない。もしこれに違反して単独で代表行為をしたときは、それは無権代理又は無効(東京高判昭和四一、三、二四金融法務四三八号三〇頁)
三、同旨
法が株式会社ないし有限会社の代表取締役につきいわゆる共同代表制度を認めたのは、代表取締役による代表権の行使を慎重ならしめるとともに代表取締役相互の牽制によつて代表権の濫用を防止しようとの趣旨から出たものと解されるから、共同代表取締役の一員が他の共同代表取締役の意思にかかわりなく単独に会社を代表していた行為が会社に対して無効たるべきことはもちろんであり、また共同代表取締役の一員が他の共同代表取締役から包括的にその権限の委任を受けて代表権を行使することも前記制度の趣旨は没却せられるから、許されないものというべきである(東京高裁昭四一(ネ)一〇九五号昭四二、一、三〇民一部判決判例時報四七六号五三頁)
四、同旨
他の共同代表取締役に共同代表権限の行使を委任することは、共同代表制度の趣旨に反し無効(東京高判昭和三三、一、二四下裁集九、一、七)
五、以上のとおり此の包括委任の許されないことは強行規定であつて、共同代表者二人間に於て、此の委任契約を締結するとしても、それは強行法違反の法律行為として、無効の契約と云わねばならないのである。
第二、特定した個別的な事項についての、共同代表権限の委任について
六、以上のとおり包括委任は許されないものであるが
しかし、共同代表取締役の一部の者が、他の共同代表取締役から特定の事項について個別的に委任を受けて代表行為をする場合には、これを別異に解しなければならない。けだしかかる場合にはその委任をした共同代表取締役も他の共同代表取締役を通じて自らの意思にもとずく代表行為をしているというべきものであつて、その代表行為はひつきよう共同代表取締役全員の意思によるものであり、代表権行使の慎重は保たれ、独断専行による権限の濫用ということはほとんどなく、前記制度の趣旨に背反することがないからである。従つてこのような特定事項についての個別的委任による代表権の行使は許されるものと解すべきである(前記第三項掲記判例の後段、即ち東京高裁昭四一(ネ)一〇九五号昭四二、一、三〇民一部判決判例時報四七六号五三頁)
七、同旨
共同代表取締役の一人が、他の共同代表取締役から特定の事項につき、個別的に委任を受けて、単独で代表権を行うことは許される(昭和四三、一二、二一東地判、判例時報五七二号七四頁)
八、最高裁の判例としても
共同代表の定めは、共同代表取締役間の相互牽制によつて代表権行使の適正化をはかり、会社の利益を保護しようとするものであるから、会社の利益が害されるおそれのないようなときにまで、代表取締役がすべての代表行為を共同してすることを要し、他の代表取締役に代表権の行使を委任してはならないものとまで解する必要はない。そして代表取締役らの間で特定の事項についての意思が合致した場合、代表取締役がこれを外部に表示することだけを他の代表取締役に委任し、受任した者において会社を代表して意思表示をしても、格別会社の利益を害することはないから右のような委任及びこれに基づく代表取締役の代表行為は共同代表の定めに反しないものというべきである。(最高裁昭四六(オ)九〇号昭四九、一一、一四第一小法廷判決、判例時報七六二号七頁)
第三、包括委任と特定委任との区別について
九、以上のとおり共同代表取締役相互間に於ては、包括委任は無効であるが、特定委任は許されるとする。
然らば右包括委任と特定委任とを区別すべき標準は何かと云うと
(イ) 先づ法が共同代表制を設けたのは、共同代表取締役間の相互牽制による代表権行使の適正化を計らんとするにあるのであるから、或る一定の委任事項が共同代表取締役相互が之を牽制することが出来る範囲に属するか、或はその範囲外のものであるか、によつて判断すべきである。
(ロ) 次に右委任事項は代表権の行使を慎重ならしめ、その濫用に陥る虞れなきや否やを検討しなければならない。
(ハ) 更に右委任によつて会社の利益が害されるおそれがないか否かを検討すべきである。
(ニ) 続いて右委任事項について代表取締役らの間で意思が合致し、その合致した意思を外部に表示することだけについての委任であるかどうかを考慮しなければならない。
即ち以上の基準に合致する場合丈けを特定委任として適法有効と云うべきである。
第四、結論
十、然るに原判決七枚目表五行目
しかしながら、前説示のとおり、控訴会社の共同代表取締役の一人である夏栗喜重が他の共同代表取締役荒井惟俊と意見の一致をみた結果、被控訴人を支払人とする小切手の振出しについて、その権限を右荒井に委任し、右委任を受けた荒井惟俊がこれに基づき控訴会社を代表して本件各小切手を振出すこととしたのであるから、右夏栗は荒井を通じて自らの意思に基づく会社代表行為をすることとしたものというべきであるし
とある処
(イ) 一切の小切手の振出しについての権限を、夏栗が荒井に委任したものとすれば、夏栗は、如何なる数額の、如何なる性質の金員が、誰に対して振出されたかは全く知る由もなく、又何時右様な小切手が振出されるかも知らされないのであるから、各小切手の振出しについて、荒井との間に相互牽制による代表権行使の適正化を計ることなどは全く出来ないのであつて、即ち斯の如き委任は包括委任として、商法二六一条による法の許す処ではないのである。
(ロ) 又右の如き委任を有効とすれば、受任者荒井にとつては、代表権の行使を慎重にしたり、濫用に陥ることを慎しむ等の束縛を受けることは全く無くなることに思いを致さねばならないのは当然である。
(ハ) 右委任を有効とすれば、受任者荒井は自分の思いのまゝの小切手を勝手に切つて、会社の大切な当座預金を荒井の個人の費消に充てる事が出来る事となり、会社の利益が害されるおそれのある事は、初めから見えすいている。現に本件に於ても、後記上告理由第三点に於て述べるとおり、受任者荒井は会社の当座預金三千万円のうち僅かに三、一五五円を残すのみにて、殆ど全額を会社とは何の関係も無い支出の為に払出し、依て以て会社を倒産せしめて了つたのである。
(ニ) 尚後記上告理由第二点第四項に於て述べるとおり、夏栗は原判決にあるが如く、荒井に対し、
被控訴人を支払人とする小切手の振出しについて、その権限を右荒井に委任した事実は全く無いのである。
十一、そうすると、前項に掲記した原判断は
(イ) 包括委任は無効とする商法第二六一条に違背し
(ロ) 前記幾多の判例に違反した
違法の判断と云わなければならないのである。
十二、申す迄もなく、両名の共同代表制のある場合、振出される一枚毎の小切手について、其の支払金額、支払の目的支払先等について、共同代表取締役両名の意見の一致を見た上で初めて受任者は会社を代表して、当該小切手を振出すことが出来るのであつて斯くてこそ初めて代表取締役間相互牽制なる目的も達成し得るのである。
十三、以上の理は夙に左記判例の判示する処である。
共同代表を定めたときは、共同代表社員は共同しなければ有効に会社を代表して小切手行為をすることができない(大正一三、一〇、二一東地判新聞二四二〇号二二頁)
そもそも共同代表取締役の一人が単独の代表名義で約束手形を振出す行為は、無権限による代表行為として実質的な理由から、会社に対しては効力を生じないものとされる。一般に、共同代表取締役全員の間で内部的に手形振出の合意が成立し、右合意に基いて共同代表取締役一員のみの手形署名により手形が振出された場合には、右振出行為は有効と解すべきである(東京地裁昭四四、六、二六判決判例時報五八五号七九頁)
上告理由第二点、第三点<省略>